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zoom RSS 戦禍からの再建(ベイルート・トリポリ)

<<   作成日時 : 2011/04/09 05:56   >>

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 バールベック遺跡を観光したその日に、首都ベイルートへ移動。
 セルビス出発まで1時間待って、約2時間の所要で到着した。
 
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 「とにかく見つけずらい」という評判を聞いていた宿、タラルズ・ニューを探して歩くこと1時間。
 ドミトリーに空室はあるかと尋ねると「1時間待ってくれ」との返答。

 ……この国では、何をするにも時間単位で事を運ばせなければならないのだろうか。


 そんな事を思いつつもフロント近くのソファーに座っていると、「こんにちは」と日本人男性に声をかけられた。

 見上げるとネパール、カトマンドゥで一緒に鍋を食べたユウスケくん!
 
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         カトマンドゥにて。右側坊主がユウスケくん


 僕は比較的名前と顔を覚えるのが得意なので、すぐに思い出して矢継ぎ早に思い出話を展開させたが、ユウスケくんは僕を思い出すのに時間がかかっていた様子だった。
 まさかレバノンで、ばったり再会できるとは。
 
 そして実際に1時間近く待たされ、案内された場所はこんなところだった。
 
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 完全なる屋外だ。  

 ベッドには上から落ちてきたらしい、コンクリートの破片が散らばっている。
 猛暑の続く中東では、蒸し暑い室内を避けて屋上にドミトリーが設置されているケースが多いのは知っていた。
 
 それでも、このレベルは初めて見た。
 ちなみに屋上にもドミトリーはある。こちらもなかなかのロケーションだ。
 
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 まぁ、ユウスケくんも一緒だし良いや。

 その日は夜中4時まで、隣のクラブからドンドコと爆音が鳴り響いていた。当然まともに眠れず。


 ベイルート市内を観光する。

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 第二次大戦後に独立を勝ち取ったレバノンは、首都をベイルートに制定。

 中東における交通の要所となり、商業と金融、観光の中心地となって『中東のパリ』と呼ばれるほど、華やかで美しい街として発展した。 


 しかし1975年、イスラム教とキリスト教の宗教的な対立によって起きたレバノン内戦。さらに1982年、当時ゲリラが多かったPLO(パレスチナ解放機構)を一掃するという目的で起きたイスラエルのベイルート侵攻。
 この2つの戦争によって、この都市は瓦礫の町と化す。 

 結局ベイルートは、1989年まで戦禍を被っていた。


 現在は復興も進み、『中東のパリ』と呼ばれた当時の景観を取り戻しているものの、表通り以外の随所には弾痕や、今にも崩れ落ちそうな破損した壁などが見られた。
 
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 街の中心部。エトワール広場を中心に放射状に伸びる街並みは、ヨーロッパの雰囲気そのものだ。

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 マックやスタバ、ハードロックカフェなんて久しぶりに見た。

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         ハードロックカフェ内部(見学のみ)。


 地中海に沿って、ひたすら歩き続けた。
 
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 潮を含んだ風の匂いが心地よい。 
 
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 観光名所である『鳩の岩』は15秒ほどで観光を終え、半島北西部にあるビーチまで辿り着いた。

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          『鳩の岩』。まったく鳩には見えない。

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 近くにいた男性2人組が声をかけてくれて、一緒にシーシャ(水タバコ)を吸わせてくれた。
 
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 彼らはベイルート在住のシリア人だった。
 そういえばレバノンに入ってからは、住民に声をかけられる事も少なくなったようだ。 


 翌日には北部へ2時間、トリポリへと移動した。

 ベイルートのバスターミナルでは「トリポリまで!」と声をかけた1台目のミニバスがたまたま、トリポリ行きだった。待たされる間もなくすぐに出発。

 とにかく移動に苦労し続けている中東では、珍しいパターンだ。

 トリポリに着いてからも、目的としていた宿『ハダットペンション』をあっさり見つけた
 ……もののFULL(満室)。

 ここに落とし穴があったか。物事そう全ては上手くいかない。

 仕方なく、向かいにある悪名高いホテルに行く。するとドミなのに20$などという、法外な値段を提示された。

 しかもこの宿主のオヤジは、同じタイミングで宿に入った欧米人女性には15$と言っていた。どうやらアジア人嫌いらしいという噂だ。

 当然交渉する気も起きずにUターン。結局適当なホテルに妥協した。

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 トリポリも比較的、大きな街。
 
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 後から知ったのだが、ここは外務省HPで『渡航の延期をお勧めします』に指定されている区域らしい。

 そう言われれば、確かに他の街とは異なった雰囲気がある。
 
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 子供たちは人懐っこくて可愛いけどね。
 
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 ここからブシャーレという村行きのバスに乗車。

 その道中は山越えで、眼下に広がるのはカディーシャ渓谷。
 『カディーシャ渓谷と神の杉の森』という大仰な名称で世界文化遺産にも登録されている。
 
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 トリポリを訪れたのも、ここに来るのが目的だった。

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 ブシャーレからしばらく歩けば、レバノン国旗にも採用されている『レバノン杉』が群生した地域がある。樹齢1200年以上のものが400本ほど、残っているという。

 
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         レバノン国旗


 けれどもガイドブックを読むと、『片道5km』と書いてあったのであっさり断念。

 バスからも杉っぽい木が幾つか見えていたから、いいんだ。

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