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zoom RSS 寝ずにデモで戦場体験(ニリン)

<<   作成日時 : 2011/04/25 11:55  

驚いた ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 1

 
 テルアビブから戻り、少しだけ宿で休んだ後すぐに出発。

 メンバーは多国籍軍だ。
 パレスチナ解放の活動家オーストラリア人のケパンを先頭に、フィンランド人のミカ、オランダ人女性ニッケルと僕ら日本人旅行者の男6名。

 向かった先はニリンという小さな村。バスを3つ乗り継いでやって来た。
 
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          スターズ&バックス

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               奥からケパン・ニッケル・ミカ

 
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 今日この場所で、パレスチナ解放のデモが行われる。

 分離壁に隣接する市町村では、反戦や入植活動への反対を訴えるデモが持ち回りで行われている。
 
 徹底的に非暴力を貫くパレスチナ側に対し、イスラエル軍は催涙ガスやゴム弾を用いた鎮圧を繰り返しているという。

 僕は当初、危険を伴なう行動はなるべく避けておきたい懸念から参加するのを見合わせていた。
 
 けれどもイスラエル滞在中にパレスチナ問題の実態と矛盾点を知るにつれて、デモの現場を生で見てみたい、という思いが強くなり、皆と帯同するのを決めたのだった。

 
 ニリンは、パレスチナ自治区のイメージそのままのような場所だった。
 隠し切れない寂寥感や暗さが、村全体を取り巻いているのを感じた。
 
 到着後すぐに我らがリーダー、ケパンが思い切った行動に。
 
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          書いた後は、風のようにその場を去る。


 彼はこれまでに何度も、週に3・4回はデモに参加している。
 
 平和を愛する精力的なアクティビストの突然の行動に、僕らは驚くばかりだった。でも、ちょっとカッコ良かった。

 
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          デモ現場到着。

 
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               全身パレスチナコーディネートのミカ。


 一度単独でデモに参加した事のある大介君から、催涙弾における対応と注意点とが説明された。
 
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 発射されたらすぐに後方へ逃げ、上を見て直撃を避け、目に入っても擦らないようにする事(失明の危険性がある)。

 また走っている時にもなるべく息は吸わずに、吸った後は水分をすぐにとらないように気をつける事(肺に異常をきたす可能性がある)、などを教えてもらった。


 正直、かなり不安が大きかった。とにかく無事に済んでほしい。
 現場には、いくつもの使用済み催涙弾が散らばっていた。 
 
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 50人ほどが列になり、抗議内容を叫びながら分離壁付近まで進む。
 
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          浮かれた野次馬がひとり、紛れてます。



 僕と大介君は、最後尾から様子を伺っていた。
 
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          立ち塞がるイスラエル兵。


 僕には心配事があった。それはサンダル履きであること。
 靴はヨルダンに置いてきてしまっていたのだ。これで全力で走るのは難しい。

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 足場は非常に悪く、狭い道の両脇にはサボテンが生い茂っていた。


 壁の前に陣取って5分ほど経った、その時だった。
 
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 「ブシュッ!!!」

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 という発射音と共に、5発ほどの催涙弾が飛んできた。

 
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 一斉にUターンして、逃げ出すデモ隊。
 
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 僕らもすぐに走り出したが、催涙弾のうちのひとつは僕らの目と鼻の先、すぐ後方に落ちてきた。


 大介君に続いて、全力で走る。

 道は1本しかないので、煙が出たばかりの所を通り抜けなくてはならない。

 目だけではなく顔全体に、鋭い激痛が走った。
 タオルを口につけ、サングラスをしていても意味を成さなかった。

 息を吸ってはいけないのだが、全力疾走しなければならないのでどうしても吸ってしまう。

 すると今度は、肺まで痛くなってきた。

 
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 イスラエル兵達は非暴力・無抵抗の我々を執拗に追ってきて、仲間たちからは「GO,GO!」と、逃げるように指示する叫び声が上がっていた。

 
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 なんてことはない、こりゃ戦場だ。
 さっきまでクラブで踊ってたというのに、今は戦場にいるなんて。

 同時に上方確認もしなければいけないし、サンダル履きで走りずらいし‥‥
 ちょっとしたパニックに陥りそうになりながらも、何とかスタート地点に戻ってきた。


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 途中僕の前方では、全力で走っている大介君のルンギが脱げて、お尻が丸出しになっているという、後で思い返せば爆笑ものの出来事があったにも関わらず、気に留めている余裕はなかった。

 なんとか無事、全員が戻って来れたようだ。ホッと一安心。
  
 
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 またリュウジさんは走って逃げている途中、目測を誤って路肩のサボテンに突っ込んでしまったらしい。

 見てみると腕に、サボテンのトゲがびっしり。
 サボテンの模様が、そのまま腕にプリントされたようになっていた。

 意味が分からなかった。

 ずっと「痛ぇ、痛ぇ」と言っていたが、僕らは特に心配したり構ったりはしなかった。他のことに頭が一杯だったからだ。

 ちなみに今回の、デモ時の写真はほとんどリュウジさんが撮影したものを拝借させて頂きました。ありがとう!

 
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 それにしてもデモはなぜ、こんな事になってしまうのか?

 近くに住むパレスチナ人活動家の家に、招待して頂くことに。

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 僕らが今、体験してきた現状について説明してもらい、これまでの経緯や犠牲になったパレスチナ人の話などをしてもらった。

 
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 なかでも、デモによる最初の犠牲者(死亡者)は7歳の子供だったという話がいたたまれなかった。


 今回デモに参加して、思った感想を率直に言わせてもらえば
 「これでは何も変わらない」
ということ。

 もちろんパレスチナの人々も、このデモによって状況を一変させようなどとは考えてはいないだろう。

 僕ら外国人や一般人にもデモに参加してもらうことで、基本的には外国人を攻撃して来ない兵士からの盾になるのと同時に、現状を少しでも多くの人に知ってもらおうというイベント的な要素がある事は確かだと思う。

 ただこういったデモを行う度に、少なからず負傷したり死に至ったりする人も出てくるわけで、悲しみも増加していくばかりだ。

 何とかならないのだろうか。
 僕に出来るのは、とにかくこの問題について、知る事と知ってもらう事ぐらいだ。

 
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 煩わしいボーダーのチェックポイントを越え、宿に戻ってきたのは夜になった。
 

 翌日は、いよいよイスラエル滞在の最終日。
 一部の宿泊客たちは今日も、デモに出掛けて行った。

 もう催涙弾には懲り、疲労も溜まっていた僕は宿でゆっくりする事にしていた。

 宿に恩返しをしようと、足りない食器を街まで買いに行ったり家の掃除をしたり。


 夜も遅くなり心配していたが、デモ組がヘブロンから帰ってきた。
 するとなんと、ケパンが逮捕されたらしい。

 何でも兵士ともみ合いになり、拘束されてしまったとか。
 しばし重いムードになる一同。


 最後の夜は、気が済むまでみんなと喋っていようと決め、玄関前でずっと談笑していた。
 大介君の話や、リュウジさんのサボテン話に今頃になって爆笑。


 話は尽きず、夜中3時前になった頃、ケパンが戻ってきた!

 迂闊にもちょっと感動してしまった、ピースハウス最終日となった。
 
 結局寝たのは朝、5時。明日は早起きだというのに。


 17泊18日の、充実したイスラエル滞在が終わった。


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たとえ10年かかっても、中途半端で終わらせないぜ!! 
竜太
2012/06/24 20:06

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