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zoom RSS ユダヤの過去。(エルサレムC)

<<   作成日時 : 2011/04/15 11:50   >>

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 注意※ 今回はとても、重い内容となっております。
 対応策として実家の犬の写真を載せておきますので、今のうちに癒されておく事を推奨いたします。
 
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 この日は一人で旧市街を歩く。
 毎日これだけ観光をしてきたのに、まだ未見の場所が多く残っているのだ。

 まずは神殿の丘へ。
 ここは、『嘆きの壁』となった西壁が残る、かつてエルサレム神殿が建っていた場所。ユダヤ教徒にとって掛替えのない唯一の聖地だ。
 
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 3つの宗教、30億人以上が聖地として崇めているエルサレム。
 その宿命により昔から数え切れないほどの戦乱に巻き込まれ、長い歴史のなかでいくつもの国からの支配を受け続けてきた。
 
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 7世紀にはいると、パレスチナ地方全体はイスラム教徒のものになった。
 
 神殿の丘も当然イスラムの支配下となり、『ハラム・アッシャリフ』(高貴なる聖域)と呼ばれるようになった。
 ムハンマドが昇天したとされる岩を中心にして、691年には岩のドームを建設。
 8世紀にはアル=アクサー・モスクが建設された。
 
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          アル=アクサー・モスク


 けれども神殿の丘(岩のドーム)が実際にイスラム教徒にとって、これほどまでにこの場所がなくてはならない聖地であるという現在の概念は、かなり近年になってから発生したものらしい。

 それは1948年にイスラエルが建国・独立して以来。パレスチナ問題が発展していくにつれて、パレスチナのムスリム側から持ち上がった思想だという。

 この聖地に関わる問題はもちろん現在でも継続していて、騒動の火種となっている。ユダヤ教徒の中には、岩のドームを取り壊して第3の神殿を建設しようと目論む団体もあるとか。


 現在神殿の丘へのムスリム以外の入場は制限されていて、僕も5つの入口で拒否された。

 嘆きの壁裏側の入口からのみ、異教徒は入場可能。
 
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 岩のドームはやはり奇麗で、3つの宗教それぞれが聖地と主張しているだけあって、ひときわパワースポットである事を感じた。
 
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 ドーム内部は、異教徒立ち入り厳禁なのが残念。

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 続いてダビデの塔へ。
 
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 この塔は紀元前20年に立てられた要塞。その後時代の流れにより再築・増築を繰り返しながら今の形となったという。
 
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          頂上展望台からの、エルサレム旧市街の眺望。


 現在は博物館がメインで、ダビデの塔とエルサレムの歴史背景の変遷が、順を追って辿れるように整理されていた。
 
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              ダビデ王(少年時代)の像。


 内部に入れなかった『岩のドーム』の断面模型もあった。
 なにより、冷房が効いていてとても涼しかったのが嬉しかった。



 翌日には郊外の博物館を目指す。
 宿からオリーブ山を下山し、一番近いライオン門まで歩いた。

 なかなか目当てのバスが来なかったので新市街のヤッファ通りまで歩き、バスに乗ってヤド・ヴァシェムに到着した。
 
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 ここは、ホロ・コースト(第2次大戦中のナチスドイツによる、ユダヤ人虐殺)の記録を大量に展示したミュージアム。

 それほど広さはないものの資料や映像の数が膨大で、閉館時間までに見切れなかった。館内は撮影禁止。

 
 600万〜1000万人ものユダヤ人が虐殺されたとされるホロ・コースト。

 ヤド・ヴァシェムというのは『名前と記憶』という意味で、ひとりひとりを記憶に留めておこうという意向から名付けられたとの事。
 現在までに300万人ほどの犠牲者の名前が、データベースに記録されているという。

 その展示内容は凄惨・鮮烈で、直視するのも憚るようなものばかりだった。
 でも目を逸らすわけにはいかない。しっかりと凝視して、説明文も読み込んでまわった。

 その中には、

 ・自分の墓を自分で掘り、その中で銃殺されるユダヤ人の写真。
 ・ガス室に送り込まれ、もがき苦しむ人々の写真。
 ・骨と皮だけになり、ブルドーザーで処理される無残な死体の映像。

 などがあった。


 これらは全て遠い過去の話ではなく、半世紀ばかり前の実際の話。

 同じ人類の犯した過ちについて真摯に受け止め、教訓を学ぶ必要がある。


 館内最終フロアには、膨大な数の犠牲者の顔写真がデータベースの書庫を取り囲むように展示されていた。
 
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 とはいえ現在は、自らが受けた仕打ちと同様の暴挙をパレスチナ人を相手に繰り返しているユダヤ人がいるというのも、残念ながら事実だ。


 ユダヤ人は長い間迫害を受け続けた。

 だからその痛みを知っている民族として、同じ過ちを繰り返さないように務めることができるはずじゃないんだろうか。

 僕はこの事実を受け止めて、何を思えば良いのだろう。


 何だか歯痒くて、やるせない。


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