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zoom RSS 『世界の半分』から。(エスファハン)

<<   作成日時 : 2011/03/20 11:39   >>

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 「エスファハンは、世界の半分。」
 
 
 16世紀末、サファヴィー朝のアッバース1世によってエスファハンは都に定められると、計画都市としての大規模な市街改造が進められた。

 中心部には東西163m、南北510mの細長い広場を設け、その周囲に壮麗なモスクや宮殿を造営。

 イスラムで最も美しい広場、と称されるようになった。

 当時の繁栄は「エスファハンは世界の半分」と賞賛された。

 ここを訪れれば、世界の半分を見たも同然ということだ。

 揺るぎない自信が伺える。


 僕は旅に出る以前から、エスファハンには憧憬の念を抱いていた。
 
 特にここ、エマームホメイニー広場。

 イスラム教建築の精緻さと、広大で開放的な広場との共存が輝きたつ。

 是非ともこの地に、立ってみたかった。
 
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 エマーム広場は、イメージしていたよりもさらに美しくて広かった。
 
 
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 広場南側のマスジェデ・エマームは、青を基調に黄を配した高さ52mのミナレットが聳え立つ比類ない美しさのモスクで、『イランの宝石』とも呼ばれている。

 
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 左右2本のミナレットを配したエイバーン(玄関)の鍾乳石飾りの美しさは、他に類をみない。



 ちなみにエスファハンで利用した宿は、アミールキャビールという日本人御用達のホステル。

 受付従業員に「シングルルーム・ドミトリー・ガーデンとあるけど、どれにする?」と聞かれた。


 ……ガーデン?
 



 とりあえず一番料金が安かったので、そこに決める。すると。

 
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 まったく通気性のない狭いタコ部屋に、4つの布団が敷き詰められていた。

 いやいや布団、重なっちゃってますけど。
 
 少なくともこれは、他人同士が寝る間隔ではないだろう。

 そしてこの部屋の場所は、お察しのとおり庭の地下。
 
 他の部屋とは完全に一線を隔す存在となっていた。

 今のところ滞在者は、僕を含めて男性3名。

 もう一人増えたら、終わりだ。



 かたやエマーム広場は、夜も美しい。
 
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 夜景を動画に撮っていたところで、イラン人の女の子に声をかけられた。

 まさかのムスリム国での逆ナンかと驚いたのだが、彼女の同行者は友達とお母さん。
 
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 どうやら現在英語を勉強中らしく、その腕試しをしたかったのが目的のようだ。

 彼女はPegahという名前で、CAを目指しているという17歳の女性。

 しばらく話をして、別れた。



 またエスファハンには町を北と南に二分するザーヤンデルードという河川があり、そこには多くの橋が架かっている。

 なかでも一番有名なのが、スィオーセ橋。
 
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 『スィ・オー・セ』(ペルシア語で33の意味)の名前のとおり、33の橋げたから成ることが由来だ。




 タコ部屋は予想通り、暑くてほとんど眠れない。

 同室の男性は、なぜか2人とも坊主。


 2人が眠りについたのを見計らって、入口のドアを少し開けて外気を取り込んだ。

 防犯上良くないのだが、そうでもしないととても寝られる状態ではなかった。
 

 朝になって、2人が「あれ? 部屋の鍵閉めたはずだったけど……?」

 などと話していたが、素知らぬ顔をしておいた。




 この日も朝から向かう先は、エマーム広場。
 
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 朝・昼・晩。それぞれに異なった表情を見せて、何度訪れても飽きない。


 夜にも広場を散歩していると、案の定今日も、地元民に絡まれた。

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 ガリアーン(水煙草)を初めて吸わせてもらった。アップル味。
 
 言葉はほとんど通じないのに、懸命に話し掛けてくれる彼ら。楽しかった。




 タコ部屋は今日も眠れない。

 暑苦しい上に、ハエまで纏わり付いてくる。

 1ドル程度しか値段の差がないドミトリーは、涼しくて快適らしい。

 部屋を変更すれば良いだけの話だが、それをしないのは意地ゆえか億劫ゆえか。



 
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 エマーム広場内部にあるバザール(市場)では、職人たちが熱心に精緻なイスラム芸術を作り上げていた。

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 ひとりではなかなか、足を踏み込めないような場所。

 3日間連続で会っていた、変わった髪型をしたおじさんに案内してもらったのだ。
 
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 彼は日本語を操る他、誰がどこの国の人であるかを瞬時に見分け、その国の言葉で挨拶をしていた。

 なんとも多才。でも職業は、絨毯屋。

 最後にはおじさんから、イスラミックネームとファルシー(ペルシア語)で書いた『Ryuta』という名前をプレゼントしてもらった。

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 もしイスラム圏で名前を尋ねられたら、『Abalfazl』と答えると良い、ということだった。

 『Abalfazl』とは、全能の神とか、そんな意味だったかと思います。




 おじさんと別れて、広場に戻ったところでまた、ピクニックをしている若者たちに声をかけられた。

 22歳の大学生4人。男性ひとりだけが、英語を話せる。

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 僕らは一緒にドライブに行くことになった。

 ザーヤンデルードにかかる多くの橋の中でもスィオーセ橋と並んで美しいとされる、ハージュー橋まで行ってくれるとのこと。

  
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 車内では、皆大音量の音楽に合わせて踊って、大盛り上がりしている。
 
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 一緒に観光をして、ホテルまで送ってくれて彼らと別れた。


 
 結局僕はエスファハンに3日間滞在したのだが、この間にエマーム広場を訪れた回数、実に7回。

 どれだけ好きなんだ。

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 そして毎日、エマーム広場で出会いがあった。


 少し閉鎖的かと思っていたムスリムのイメージとは、まったく異なる。


 僕らと違うことは、外出時には必ずヘジャブやチャドルを被らないと罰せられる、というぐらいだろうか。


 イスラムの教えに従ってお酒は飲まないので、当然バーや居酒屋もない。


 夜集まる場所といえば広場や公園。


 夜遅くまで、家族連れでピクニックをしている光景が至る所で見られる。


 「エマーム広場で、逢いましょう。」


 今でも心に強く残る、思い出深い場所となった。

 
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 エスファハンを出発した夜行バスは、テヘランに到着。


 あれ、もう来ないはずじゃ?


 来週へつづく。


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