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zoom RSS ペルセポリスと、日本応援 with イラニー。 (シラーズ)

<<   作成日時 : 2011/03/13 14:11   >>

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 イラン南西部に位置するシラーズ。

 約2500年前の都『ペルセポリス』の遺跡観光の拠点となる他、街にも歴史的な意義を持つ200を越える旧蹟がある。

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 また13世紀以降シラーズは学問の中心地となり、詩人サアディーやハーフィズ、哲学者モッサー・マドラーらを輩出し、芸術や文学が花開いた。


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         歴史的詩人、ハーフィズの廟。

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 ペルセポリスは、シラーズ市から北東に60kmの地に残る。
 シリアのパルミラ・ヨルダンのペトラと並べて『中東の3P』とも称される、三大遺跡のうちのひとつ。

 行き先を「ペルセポリス」と伝えても現地人には通じず、『タフテ・ジャムシード』(ジャムシード王の玉座という意味)と言った方が通じた。 
 
 嬉しいのが入場料の安さ。世界遺産にも関わらずなんと5000IRR(≒\50)!
 もう少し高く設定しても良いのではないかとさえ思ってしまう。 

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 ペルセポリスは紀元前約500年建設と云われる、アケメネス朝ペルシア帝国の都。ダレイオス1世が建設した宮殿群であった。

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 紀元前300年頃にはアレキサンダー大王によって陥落、廃墟と化していたという。

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 最盛期には西はエジプト、東はインドまで勢力をふるう大帝国だったペルシア。

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 崩壊する以前は、どれほどの規模だったのか。相当の大きさだったのだろう。想像を膨らませながら歩を進めていった。

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 観光を終え、出口で近隣の町マルヴダシュトまでのタクシーを拾おうとしていると、ちょうどタクシーに乗ろうとしているイラン人男性3人組がいたので一緒にシラーズまでシェアして帰ることに。

 マルヴダシュトを経由せず、一気にシラーズまで直行。50kmの距離があるにも関わらず、タクシー代はわずか20000IRR(\200)! 行きのバス代と大差がなかったのだ。
 ガソリン代の安価なイランでは、交通費が安く済んで旅がしやすいのが嬉しい。
 

 車内で3人組と話していると、これから彼らのホテルに遊びに来ないか、と提案してくれた。
 イランに来てからというもの様々な人の親切を受けて、判断のハードルが下がっているのと、どう見ても善人そうな彼らを見て迷う事なく了承した。

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 写真中央のホセインが少しだけ英語が話せて、左がムスタファ、右がウェザー。


 テヘランから休日観光に来ているという彼らは、僕をホテルの部屋に招いてくれた。
 到着後彼らはすぐに部屋内に敷物を広げ、ひとりずつメッカに向かって礼拝を始めた。

 その後も彼らと共に部屋でくつろぎ、食べ物や飲み物ももらって談笑。
 ちゃっかりタクシー代まで出してもらっていた。

 「この国にわざわざ来てもらったんだから、君はゲストだ。僕らがもてなさないと」
 と言って、当然のように僕に対して気を使ってくれている。どうしてここまで、他人の、それも外国人に対して親切になれるのだろうか。

 「日本の映画がある」と言うので観てみると、中国のホラーだった。
   

 彼らは辺りの散歩に行くというので、一度僕は自分の部屋にもどってシャワーを浴び、再び戻ってきた。
 「22時に集合」と自分で言っていたのに、彼らは20分遅れで戻って来た。さすがイラニー。


 そしてこの日はW杯、日本対デンマーク戦。
 夜食を作ってもらって、彼らと一緒に観戦した。 

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          夜食のマカロニを作るムスタファ。

 
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 「日本はアジアの誇りだ」と言って、建前ではなく本気で応援してくれる彼ら。
 2本のフリーキックが決まった時には、一緒になって狂喜乱舞した。

 
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 素晴らしい夜。夜中2時頃に、一度お別れをしてホテルに帰ろうとしたが入口のドアが閉まっていて開かなかったので(笑)結局泊まらせてもらう事に。

  
 「朝7時にタイマーをセットしておく」とムスタファが言っていたのに全く鳴らなかった。さすがイラニー。

 8時に起きて朝食までご馳走になった。
 
 外国人3人と狭い同室にいて、ほとんど言葉も通じないというのに妙な居心地の良さを感じている自分がいる。
 年始のブッダガヤ、ミャンマー僧にお世話になった時のような何ともいえない感覚になってきた。 
 

 僕に出来る事は、何だろう。

 何もない。


 強いて言えば、僕と出会った事で彼らにとっての日本人全体のイメージが良くなってくれれば、と願う位か。

 少なくとも彼らの中で、僕は生き続けるのだろう。

 そう考えると、ほんの些細な出会いからここまで辿り着く過程というのは何事にも変えがたいと、改めて思う。

 
 ムスタファは朝が弱いらしくまだ寝ていて、ホセインとウェザーは観光に出掛けるという。

 僕はホテルに戻る為、彼らとお別れをした。


 最後まで向こうの方が「Thank you」なんて言ってて。

 それを言うのはこっちなんだよ。

 何だか涙ぐんできた。


 帰り道に、物乞いのおばあちゃんがいた。 

 僕は何もせずに通りすぎる事が、出来なかった。

 幾らかの小銭を渡す。


 そういう事なのかな、って思った。


 旅の始めの頃には、僕は彼女のような物乞いに対して何も与えていなかった。
 でも近頃は、何かを与える機会が増えている。それは、物乞いに限らず。


 旅の間に受けた恩恵があまりにも多すぎて、気持ちが勝手に『はけ口』を探しているのかも。


 恩恵のはけ口。良心の循環。

 
 僕は、まだまだ与え続けなければいけないだろう。



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