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zoom RSS 旅のオアシス。(イラン・テヘラン)

<<   作成日時 : 2011/03/07 10:26   >>

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国名:イラン・イスラム共和国
首都:テヘラン
言語:ペルシャ語
時差:JST-5.5, UTC+3.5
通貨:イランリアル \1≒100IRR


 イェレバンを午前10時に発車した、国際バス。

 これから丸1日をかけて向かう先はイラン、テヘラン。
 
 隣には英語の話せるおじいちゃんが座った。先ほどから色々と気を使ってくれて、助けてくれる。

 20時頃に国境到着。山に囲まれた、雄大な場所にある。

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 出国・入国ともに手間がかかり、結局2時間以上を費やした。

 女性はイミグレを通る直前に、用意していたヘジャブ(スカーフ)を急いで着用。
 これから自分が入ろうとしている国は、厳格なムスリム国である事を再認識させられた。

 50$分の両替をしたところ、ものすごい量の札束が返ってきた。大金持ちになった気分だ。イラン・リアルは桁が大きい。


 国境を越えてさらに2時間。ようやく待望の夕食休憩となった。
 おじいちゃんの家族と席を共にした。チキンキャバーブを食べた。久々の米に、顔がほころぶ。
 
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 消灯されたバス車内では、複数名の男性が音楽に合わせて踊っている。
 イラン人はイメージ通り陽気で、人懐こくて面白い。
 

 出発から23時間、バスはついにテヘランの西ターミナルへと到着した。

 おじいちゃんにお願いして携帯電話を借りて、祐子さんに連絡をした。



 僕は基本的に、ひとりきりで海外へと飛び出した旅行者だ。
 この時点で旅は、10ヶ月を経過。

 地理的にも期間的にも中間地点にあたるこのイランに親しい友人がいるというのは、僕にとって本当に大きな動機づけのひとつとなっていた。
 
 東南アジア・中国・インドネパール。今まで見知らぬ土地を旅していく中で、僕の頭の片隅には常にオアシス的存在として祐子さんがいて、テヘランがあったのだ。
 
 やっとここまで来れた。改めてそう、実感した。
 
 
 「その友人は信用できる人なのか。もし必要とあらば、私の家に来てくれても良いんだぞ」と、最後まで世話を焼いてくれるおじいちゃん。
 大丈夫、問題ないよと言ってお礼を言い別れた。
 
 祐子さんはターミナルまで迎えに来てくれると言っていたが、到着したのが早朝で寝起きの様子だったのでそのままタクシーで家まで向かう事に。
 
 渋滞にも巻き込まれ1時間半ほどかかったが、何とか到着。
 そこでまたタクシー運転手の携帯を借り、連絡を取ってようやく合流できた。いくら親切とはいえ、イラン人のお世話になりすぎだ。
  

 日本企業のテヘラン駐在員を旦那さんにもつ祐子さん宅は、やはり広くて奇麗。
 僕が渡り歩いているような安宿とは、断然レベルが違う。比較の対象にするのも失礼なほどだ。
 
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 この日は何もしないでゆっくりさせてもらうつもりだったが、本当に何もせずに、旅で汚れてしまった体と服と心?を癒した。
 これまでの思い出話や旅について、祐子さんと話した後は昼食にトマトパスタを作ってもらった。
 
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 夕方には帰宅した旦那さんと話して、夕食にサーモンフライとイカソテーとサラダ、味噌汁とご飯という、感動してしまうようなメニューをご馳走になった。

 
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 というか、実際に涙ぐんでしまいつつも一日目が終了。

 日本にいる時から、「もしイランに来れたら手料理をご馳走するよ」と約束してくれていて、それを守ってくれた祐子さん。
 まさか本当に来るとはという心境だったかもしれませんが(笑)、ごちそうさまでした。美味しかった!


 翌朝、朝食にパンとチーズとハム、牛乳を頂いて朝から贅沢な気分になっていた。「それくらいで贅沢なの」と言われたけれど、うん、充分なのです。

 旦那さんも素敵な方で、バックパッカー経験もあり博識で、初対面の僕に対しても寛大に「好きなだけいてくれて良い」と言ってくれた。
 
 とはいえ僕も、そこまで完全に甘えさせてもらうわけにはいかない。
 テヘラン観光を終えて、これからの旅への充電が出来たらすぐにでも移動させてもらおうと思っていた。


 ……が。

 それから一週間。僕は旦那さんと祐子さんのお世話になりっぱなしとなったのだった。

 
 
 ここらへんで、テヘラン観光の話も少々。
 
 居候中のK宅のあるエラヒエ地区から、テヘラン観光の中心となるホメイニー広場付近までは地下鉄で10駅ほど離れている。

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 つり革には、広告商品のシャンプーが埋め込まれていた。斬新。
 
 バザール近辺の駅を出ると、駅前はイラン人たちでごった返していた。

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 今まで行ったどこの国とも異なる、独特の雰囲気がある。

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 そしてそれは、嫌いじゃない雰囲気。面白い。
 声をかけてくる人も多いが、みなフレンドリーでユーモラスで好感がもてる。

 イスラム諸国の休日は、金曜と土曜日。
 礼拝のある金曜日に同じバザールを訪れると、そこは昨日までの同じ場所とは思えないほどに人気がなく、まるでゴーストタウンのようだった。
 
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 イランはイスラム教シーア派を国教とする、唯一の国。

 どちらかというと保守的でカタいイメージのあったシーア派だが、ほとんどのモスクでは異教徒である僕も受け入れてくれて、入場を許可してくれた。

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 モスク内に充満する足の臭いにびっくりしつつも、真剣に祈りを捧げ続けるムスリム達の様子を見学させてもらう。

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 一人で街歩きをしていると感じるのが、とにかくイラン人は親切だという事。

 道に迷って尋ねようものなら、ここぞとばかりに世話を焼いてくれる。
 バイクの3人乗りをして送ってくれたり、目的地まで一緒について来てくれた上にタクシー代までも出してくれていたり。
 
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 核実験・テロ・偽造テレホンカード…。挙句の果てには『悪の枢軸』? 日本で見聞していたイランのイメージは一体なんなんだろう、という憤りを覚えるほどに、見返りも求めない親切心であふれるイランの人々。これからこの国を周遊するのが、楽しみになった。


 祐子さん宅での居候生活も数日が過ぎると家の勝手も分かり、食事の下ごしらえなど家事の手伝いもするようになった。
 2人は直前に迫った、テヘラン日本人会でのテニス大会に向けて練習に出掛ける事が多く、旦那さんなどは仕事から帰宅後、息つく間もなく練習に出た時も。
 
 
 複数の習い事もあって多忙な祐子さんの、たまの休日には一緒にテヘラン観光に出た。

 まずは旅行者からの評判も良く、一番見てみたかった宝石博物館へ。銀行の地下にあり、常に厳重に警備されている。
 
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 ちょっと手すりに触れただけでも「緊急事態発生」のようなアラーム音が鳴ってしまうのが難点。
 展示品の合計金額は一体いくらになるんだろうかというような、豪華絢爛さ。ルビー・サファイヤ・ダイヤで出来た地球儀などを見学した(館内は撮影禁止)。


 続いて、拷問博物館。
 ここに以前訪れた事のある祐子さんの友人が薦めていたというのだが、解説がペルシア語表記のみ。
 プリズナーの生き残りらしき人物が解説してくれるのもペルシア語のみだったため、結局よく分からずに終わった。
 
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 それよりも先ほどから僕らに興味をもち、懸命に同時通訳してくれていた男性3人組の年齢が15歳だった件のほうが衝撃的で面白かった。見た目完っ全におっさんやん。


 そしてテヘラン滞在6日目となるこの日は、6月14日。

 そう、古い話で恐縮だが昨年日本中が熱狂したであろうW杯、日本対カメルーン戦が行われた日なのだ。

 旦那さんの会社では社員と、その家族が集まり日本を応援するらしい。僕もそこに参加させてもらえる事に。
 
 
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 事前に用意していたフェイスペインティングを施し、宮殿のような社長宅にお邪魔させていただいた。
 
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 ほとんどの人が初対面となる中に飛び込むのは緊張したが、皆温かく迎えてくれて嬉しかった。

 そして結果は知っての通り、日本の勝利!!
 
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 テヘラン滞在、1週間目は最終日。

 祐子さん知人のイラン人女性、ジーラさんの家に招待してもらい家庭料理をご馳走になった。
 
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 ジーラさんの家族は、イランでは少数派となるバハーイー教徒。

 シーア派12イマーム派を国教とするイラン。なんと憲法で、宗教による差別が容認されてしまっているのだ。非ムスリムにおいてはゾロアスター教徒・キリスト教徒・ユダヤ教徒のみが、公認された異教徒として一定の権利保障を受けているという。

 非ムスリムとして生活を続ける上での困難、それでも前向きに生き続ける事について話を聞かせてくれて、僕ら客人に対しても寛大にもてなしてくれた。

                                                                               
 そして10ヶ月間伸ばし続けた上に、ずっと石鹸のみで洗っていたせいで毛玉だらけでこんがらがっていた髪を、ついに切ってもらう事に。
 
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         テヘラン到着時の酷い状況。


 真横にハサミを入れ続け、一時イヤミ(byおそまつ君)のような髪型になった時には軽いパニックとなった祐子さんだったが、最後には自分で手直しをして何とか、事なきを得た。

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               出発時のさわやかな状況。


 最後の夕食は、かつてテヘランで一番だったというホテルで、タイ料理をご馳走になった。

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 こんな贅沢が許されてしまうのも、これが最後。
 「明日からまた、泥水を飲む生活が待っているんだから」と旦那さんは最後まで、鷹揚だった。

 また「イランを周り終わったら、また泊まっていくといいよ」とも言ってくれた。
 これ以上なく嬉しい言葉だったが、今のところは、これ以上迷惑や負担をかけるわけにはいかない、という思いの方が強いのが確かだ。
 
 でも、会いたくなっちゃうんだろうなぁ。


 次の目的地、マシュハドへの夜行バスがベイハギーバスターミナルへと到着した。
 
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 2人はバスが出発するまで、見送ってくれている。
 
 ただただ、感謝。感謝。
 「ありがとう」と、何回言えば足りるんだろう。
 
 
 受けた恩恵に心が温まり、後悔や感謝の念に頭を悩ませあれこれと考えているうちに、食べる事も眠る事も忘れて、気が付けば夜が明けていた。
 



 祐子さん・旦那さん。本当に迷惑ばかりかけてすいませんでした。この御恩は、約束どおり老後の介護で返します(笑)ありがとうございました!





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2013/07/06 04:25

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
やっと画像がちゃんと見れたよ〜!
やっぱり、イランのネット環境が悪いせいだったみたい。
アイスランドのレイキャビークより。
ゆうこ
2011/03/17 09:01
>ゆうこさん

画像見れて良かった!
アイスランドでもネットが出来るんですね。ケーブルとかキーボードとかが凍り付いちゃってるイメージですけど。

でもそれだと、イランで僕のブログは、まだしばらくはちゃんと見れなさそうですね〜。
竜太
2011/03/20 12:19

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